寄稿・提言

寄稿・提言2020年09月18日掲載

ジャナ・ガナ・マナ、多様性を詠う国歌「インドの朝」

 インドの国歌は、ジャナ・ガナ・マナ、「インドの朝」である。アジア人として初めてのノーベル文学賞を受賞したベンガルの詩人ラビンドラナート・タゴールの作詞になる。1950年1月24日にインド憲法制定会議がインド国歌として採択した。5節あるが、国歌としては1節だけが歌われる。日本語訳は下記の通り、神をたたえた歌である。

「汝はすべての民の心の支配者、インドの運命の裁定者、汝の名は奮い起こす
パンジャブ、シンドゥ、グジャラータ、マラータ、ドラビダの民の心を
ヴィンドゥーヤやヒマラヤの山々にこだまし、ヤムナ川とガンジス川の奏でを混ぜ、インド洋の波に歌われる
彼らは汝の祝福を求め祈り、汝の喜びを歌う
人々すべての庇護は汝の手中にあり
インドの運命の裁定者、勝利を、勝利を、汝に勝利を」

 この国歌は、インド共和国、州でのすべての公式行事の際に演奏される。インドは、8月15日の独立記念日と1月26日の共和国記念日(憲法記念日)という二つの国家的記念日を持っているが、インド国内での祝賀式においても、海外でのインド大使館が開催する祝賀記念レセプションでも演奏される。その場に居合わせたインド人は、誇らしげに斉唱する。

 筆者も、1998年4月10日、駐インド日本大使としてナラヤナン大統領に対し平成天皇(現上皇)からの信任状を奉呈した際、大統領官邸の中庭で、インドの陸海空三軍儀仗隊による印日両国の国歌演奏と儀仗兵の閲兵の栄に浴した。以後、大統領主催の独立および共和国記念日をはじめ政府による多くの公式行事の際に国歌の演奏に接した。また、筆者自身が日本大使公邸で主催した毎年の天皇誕生日には、副大統領夫妻と筆者夫妻が並んで両国の国歌演奏を聴くのがレセプション開始の合図となった。わが国においても、駐日インド大使は共和国記念日に一流ホテルでレセプションを主催するが、冒頭は印日両国の国歌演奏である。

 なお、インドには第二の国歌ともいわれるバンデ・マータラム「母よ、あなたをたたえます」がある。「母」とは、女神である。ヒンドゥー教の三体の最高神(宇宙を創設するブラフマ神、それを維持するヴィシュヌ神、退廃した宇宙を破壊し、ブラフマ神にバトンタッチするシヴァ神)は、それぞれが妃(妃神)を持っている。この歌においては、ヴィシュヌ神の妃ラクシュミやシヴァ神の妃パールヴァティの化身ドゥルガ女神が登場する。インドではヒンドゥー教のみならずイスラム教、シーク教、仏教、など多くの宗教が共存しており(世俗主義という)、一宗教の女神をたたえるこの歌は国歌ではなく愛国歌の位置づけである。

(平和安全保障研究所編『アジアの安全保障2020-2021:コロナが生んだ米中「新冷戦」 変質する国際関係』より抜粋)

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