日印関係最新情報

鳩山総理のインド訪問に関する解説

2010年1月5日掲載


インドのマンモハン・シン首相と握手する鳩山総理の写真
     (写真提供:内閣広報室)

                     平成22年1月吉日
                    理事長 平林 博 記

 鳩山総理は、12月27日から29日まで、インドを訪問されました。
 わが国とインドとの間では「戦略的グローバル・パートナーシップ」が推進されていますが、その一環として、双方の首相は、毎年交互に相手国を訪問することが約束されているのです。G8とかG20、東アジア首脳会議などの国際会議の場で日印首脳が会談する機会は増えていますが、毎年必ず相互に相手国を訪問するとの約束は、日印間のほかにはあまりないことです。来年度予算の策定のほか普天間基地問題や献金問題に直面している鳩山総理がはたして訪印できるかどうか、一時は危ぶまれました。年末という異例な時期に訪印を敢行されたことは、鳩山総理の日印関係への熱意とこれにこたえるインド側の積極姿勢を反映したもので、日印協会としても日印関係に携わってきた一個人としても、まことに慶賀に堪えないことと考えています。

 インド側の休日の関係もあり、鳩山総理は、まずムンバイを訪れ、次いでニューデリーで首脳会談などを行いました。ムンバイは、言わずと知れたインド経済の中心であり、躍進するインド経済の牽引車です。総理は、インドを代表するタタ財閥のラタン・タタ総帥やリライアンス・インダストリーズのムケシュ・アンバニ会長などインド経済を率いる財界人たちと会談されましたが、これは、わが国が躍進するインド経済にさらにコミットしていくとの姿勢を明らかにしたもので、インド側は当然歓迎しました。なお、ムンバイは、後述する日印両国が推進する二大プロジェクト、すなわちデリー・ムンバイ間の貨物新線(Dedicated Freight Corridor,DFC)の建設、およびデリー・ムンバイ間の産業大動脈(Delhi-Mumbai Industrial Corridor,DMIC)の南のターミナルになることになっており、鳩山総理のムンバイ訪問は、この両プロジェクト推進への意欲を示したものでもあります。

 ニューデリーでは、マンモハン・シン首相との首脳会談と夕食会および昼食会のほか、ソニア・ガンディー国民会議派総裁との会談、邦人進出企業代表たちとの懇談、ラジェンドラ・パチャウリ国連気候変動政府間パネル議長との会談をこなされました。
 その結果、両首脳は、共同記者会見を行い、「日印戦略的グローバル・パートナーシップの新たな段階」と題する共同声明を発出しました。
 その要旨は、次の通りです。皆様のご参考までに、私の解説を付しました。

 1.両国の外務省および防衛省(インド側は国防省)の間で次官級の対話の場を設け、安全保障対話を深める。
 (解説:日米間には閣僚レベルで外務・防衛両省間の協議の場が設けられており、2プラス2と称されていますが、このような場は他に豪州との間にあるだけです。
 インドとの間の2プラス2は、軍事的に強大化し海洋にも進出を図る中国との関係、マラッカ海峡やソマリア沖での海賊対策、インド洋シーレーンの安全確保などが主なテーマとなると思われ、日印関係を戦略的に高めるための重要な要素です。)

 2.経済連携協定(Economic Partnership Agreement,EPA)の早期締結のために、交渉を加速化する。
 (解説:EPAは、貿易の自由化・各種促進措置のみならず、投資、知的所有権保護、一部の労働力の受け入れなど経済全体にわたる広範な協力関係を促進するための協定で、わが国もシンガポールなどいくつかの国と締結済みです。インドとの間は、ほとんどの問題について合意ができていますが、インド側が対日輸出を希望する後発医療薬(ジェネリックス)の日本における検査・認証のための期間などについてギリギリの交渉が行われています。インドは、すでにASEANや韓国との間でFTAを締結済みですので、日本が締結しないと躍進するインド市場において、日本企業は後れをとることになります。)

 3.DFCの早期完成とDMIC計画推進を確認し、DMICのために日印共同基金を設立する。
 (解説:DFCは、デリーとムンバイを結んで旅客と貨物を運んでいる在来の幹線鉄道がもはや拡大する輸送需要に追い付けなくなったために、別途の貨物専用の新線を建設しようとプロジェクトです。日本の政府開発援助ODAである円借款の供与が決まっており、すでにわが国の国際協力機構JICAが中心となって基礎調査などインド側との協力が進んでおり、順調に滑り出しています。
DMICは、首都ニューデリーと経済の中心ムンバイを結び、北から南南西にウッタル・プラデシュ州、ハリアナ州、ラジャスタン州、マディア・プラデシュ州、グジャラート州、マハラシュトラ州の6州にわたり、24の工業・商業クラスターと関連する鉄道、港湾、空港、発電・変電・送電設備などを建設するという壮大なプロジェクトです。これは、インド側は日本を主たる協力相手として推進したいとしており、関係の6州も全面的に歓迎し支援を約束しています。いわば、東京から大阪に及ぶ長大な産業ベルトのインド版です。すでに、多くの日本企業はここに注目し、沿線の各所に進出したり進出準備を行ったりしています。)

 4.国連安全保障理事会の改革、特に常任理事国と非常任理事国の双方の拡大を実現するための連携を再確認する。
 (解説:安保理改革については、日本、インド、ドイツ、ブラジルはG4として連携協力をしてきましたが、2005年には、米国、中国の反対、アフリカ諸国の内部の乱れにより、一旦頓挫しました。G4は、国連安保理を今日の国際社会の現実に合わせその権威と力を増大させるために、4カ国のほかにアフリカから1カ国加え計5カ国を新たに常任理事国にするべきとの立場です。G4は、その後も機会をうかがっており、今回も日印両国は不退転の決意で臨んでいくことを確認したものです。)

 5.鳩山首相が、包括的核実験禁止条約(Comprehensive Nuclear Test Ban Treaty,CTBT)の早期発効の重要性を強調した。
 (解説:主語が「両国首脳」でなく「鳩山首相」とのみなっているのは、この種共同声明の際の常套手段で、鳩山総理は主張したがシン首相は同意しなかったことのあらわれです。インドは、核実験はこれ以上行う意図はないと繰り返していますが、国際条約で縛られることを嫌っています。とくに、米国と中国がCTBTを締結しない限り、インドが締結するのは難しいとの立場です。シン首相は、丁重な言い方でインドの立場を説明したと思われますが、鳩山総理に対する配慮から、総理の主張を共同声明に載せることには異議を唱えなかったわけです。)

 6.両首脳は、コペンハーゲンにおけるCOP15(気候変動枠組み条約締約国会合の第15回会議)での「コペンハーゲン合意」を歓迎し、次回COP16においてこの合意の成果が採択されるよう、緊密に協力していくことを確認する。
 (解説:地球温暖化問題については、インドは、これは先進諸国の工業化の結果であるとして先進工業諸国が責任を負うべき問題であり、途上国は自国の経済成長を阻害しない範囲で協力を行うが、国際合意により数値目標で縛られるのは拒否するとの態度を崩していません。鳩山政権の野心的な温暖化ガス排出目標―1990年をベースに2020年までに25%削減、ただし他の国々が積極的に協力するとの条件付き―をもっての外交攻勢に対しても、インドは、中国などの新興国をはじめとする途上国の団結を図りつつ、基本的な立場を守ろうとしていました。筆者は、COP16までに、ポスト京都合意という形で意味のある国際合意ができるかどうか、疑問を持っています。さらに温暖化が進み、たとえばヒマラヤの氷河がさらに溶けて、ガンジス川の洪水次いで渇水が起こってベナレスやハリドワールなどの聖地が損なわれたり、インド各地で干ばつがさらに広がったりするなどインド自身が深刻な状況に陥る前に、インドがより積極的になってくれるとよいと願うところです。)

 7.その他の点についての解説
 (1)シン首相からは、原子力の平和利用につき日本からの協力を期待する態度が表明されたようですが、鳩山首相は、「将来の大きな課題だ」と述べたにとどまった模様です。この件は、共同声明では触れられておりませんが、インドの新聞では、期待が大きいだけに大きく報じられ、親日国だけに強い対日批判はありませんが、失望感を誘ったようです。
 個人的見解を述べますと、筆者はかねてから、インドの経済成長と温暖化対策を両立させるためには原子力発電についてわが国は協力を行うべきとの立場です。インドに対しては、米国、ロシア、フランスのほか中国さえも売り込みを図っていますが、インドが希望しているのは「もっとも尊敬し好意を抱いている」日本、特に実績に裏打ちされたその優れた原子力発電関係の技術と運営のノウハウとハードです。わが国の関係業界は期待しておりますが、日本政府が依然として核不拡散の観点と絡めて消極姿勢を改めないのは、インドのためはもちろん、日本の国益にもならず、地球温暖化対策上も問題です。インドは元来核兵器の廃絶の音頭をとってきた国ですので、そちらの面で強力なパートナーになりえますが、原子力の平和利用についてまで消極的姿勢を取ることは、日印関係にはマイナスです。
 ちなみに、筆者の経験と知見からすれば、日本を含め国際社会がインドに対し、核不拡散条約NPTへの参加をいくら慫慂しても効果はありません。NPTは、五大核保有国とその他とを差別する条約として絶対に受け入れないと決めているからです。インドは大国であり、重要な原理原則は曲げません。他方、インドは、核不拡散を行った実績もないし、今後とも絶対に拡散させないとの固い決意をもっています。その結果として、米国をはじめ45カ国からなる核供給国グループ(Nuclear Suppliers Group,NSG)は、日本を含め全会一致で、2008年、インドに対する原子力の平和利用に協力することを認めたのです。日本がいつまでも、インドの過去の核実験にこだわったり、NPT加盟をする意思がまったくないのにそれを期待したりして行動するよりは、まずは日印協力の推進と地球温暖化対策とエネルギー節約の切り札である原子力発電について、日本も一歩踏み出す必要があるでしょう。
 なお、インドは、わが国が唯一の核兵器被害国であり、日本国民が強い核アレルギーを持っていることをよく理解しており、無理強いはせず忍耐強く待つとの考えです。また、日本が推進しようとしている核廃絶にも積極的ですが、この点はほかの核保有国の態度次第でしょう。
 (2)その他、共同声明は、日本が協力して建設しようとしているハイデラバード市(アンドラ・プラデシュ州都)におけるインド工科大学(Indian Institute of Technology,IIT)の推進やエネルギー対話の促進、査証の簡素化などについても触れています。

 以上の通り、鳩山総理の訪印は、日印戦略的グローバル・パートナーシップの観点から意義の大きなものでした。
 本年も、日印関係が、政治安全保障、経済のみならず文化や科学技術、青少年をはじめとする人的交流や観光など、幅広い分野で拡大強化されることを期待しております。日印協会が、そのための一助となるように、頑張ってまいります。
                              (了)