寄稿・提言

インドへの道 官民で出遅れ取り戻せ

2010年11月4日掲載


 インドのマンモハン・シン首相が来日した。日印グローバル・パートナーシップから10年で、日印関係はかなり進展した。だが、双方に「もっと活性化できるのに」と切歯扼腕(せっしやくわん)する声が強い。

 日本の対印外交政策はもう一つはっきりしない。両国関係は安倍晋三首相の時代に戦略的グローバル・パートナーシップに昇格したが、その後の首相交代とともに「何が戦略的だったのか」という声も聞こえる。また、グローバルな外交の場で両国の立場は、温暖化問題や核問題などでむしろ対立することが多い。

 2008年度に日本企業の対印直接投資額は対中を上回った。政府間でもデリーとムンバイを結ぶ貨物専用鉄道や産業大動脈構想など大規模な計画が進んでいる。首脳会談で経済連携協定(EPA)も合意され、原子力協定に向けた交渉も始まった。

 しかし、官民協調はいま一つだ。日本企業の受注を前提とした貨物専用鉄道建設計画は大きく遅れ、官民間だけでなく企業間の足並みもそろわない。産業大動脈構想も、ぶち上げた官と、リスクをとれない民の温度差を隠し切れないのが実情だ。環境ビジネスでも官主導の事業化調査だけで、純粋な民間投資はまだほとんどない。

 日本政府は在印日系企業の数を毎年数えているが、欧米の政府は自国の進出企業の数など知らない。その代わりこれらの国々は、必要であれば自国の「個別」企業を外交の場で徹底サポートする。日本企業が膨大な商機を狙う原子力産業も、交渉が始まったきっかけは、日本からの機材の輸入なしには自国企業がインドで原発が建設できない米仏両国の圧力だった。

 日本は使節団ばかり送ってくるが、フォローアップもなく、何も決めてこないと、インド側はうんざりしている。

 インドとのつきあいでは継続性が大事だ。現地で成功した日系企業は、最初の10年は悪戦苦闘の連続で、その後ようやく軌道に乗り、利益をあげている。しかし多くの日本企業は、中途半端なビジネスで失敗したら、その度に「インドのせい」にして済ませてきた。そのため企業の対印戦略に一貫性がないし、ネットワークもない。

 08年度のある製薬企業の大型買収は、インドでは「だまされて高い買い物をした」と揶揄されている。仲介した日系金融機関は土地勘がなく、インド人ビジネスマン共有の情報さえ持っていなかった。

 中国に13年遅れて経済自由化が始まったインドは、十数年後には中国のような経済大国になるだろう。これまで苦労してインドでの成功を築いてきた日本企業は多くを語らないが、今後ともそのネットワークを生かして足元を固めていくであろう。出遅れ組との差は確実に広がる。出遅れた今から何ができるか、官民のそれぞれで、トップが真剣に考える時期である。

(朝日アジアフェローより転載)