寄稿・提言

中国の反日キャンペーンに反論

2014年2月3日掲載


 中国の反日キャンペーンは、品位の限界と地理的な限度を超えた。安倍晋三首相が12月に靖国神社を参拝して以来、中国は安倍首相を中傷し日本の国際的な地位にダメージを与えるために、自国のメディアと在外の外交資源を最大限に動員している。もしこれが続くならば、このキャンペーンは日本をある程度傷つけるかもしれないが、中国自身に対しても強烈な反動となってはね返ってくるだろう。

 現在の日中関係を理解するには、これを歴史的な視点におくことが有益である。日本と共産主義中国との国交正常化は、1972年の日中共同声明によって実現された。この声明は、毛沢東主席、周恩来首相と田中角栄首相の先見の明と強いリーダーシップが結実したものであった。声明の前文では、「両国は一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する」と宣言している。日本と中国は、元来共存と協力を運命づけられた関係にある。両国が一緒になれば莫大な利益を両国の国民にもたらすことができるし、東アジアさらにはそれを超えて平和と繁栄をもたらすことができる。

 1974年から1976年の間、私は若い外交官として北京に在勤した。文化大革命の末期を目撃した。中国の共産主義レジームの建国の父、毛沢東主席、周恩来首相、朱徳将軍の3人の葬式を見る機会を得た。「四人組」が打倒されたことを武漢で目撃し、これを最初に報告した外国人となった。これにより、文化大革命中に批判の標的となり紅衛兵と毛沢東によって迫害された鄧小平が、対抗する者なきリーダーとして中国の手綱を取ることとなった。鄧小平は政治的には共産主義独裁政権を維持しながら、一種の国家管理の資本主義を導入した。外交の面では、「韜光養晦」をスローガンに中国の外交政策および軍事力強化策をリードした。以来、中国は、中国国民のみならず日本を含む近隣諸国にも貢献をもたらすめざましい経済発展を遂げた。彼の指導の下で、日本との平和友好条約が1978年に調印された。以来、日本は、中国の経済発展、特にインフラ建設のために巨額のODAを提供することで支援した。急激な軍事支出やその透明性の欠如にもかかわらず、中国の「平和的台頭」は近隣諸国を警戒させることはなかった。

 江沢民が国家主席に就任すると、「愛国教育」の名の下に実体は反日的な教育を奨励したため、日中関係は急速に悪化した。彼の後継者の胡錦濤政権下では多かれ少なかれ正常な関係にあったが、習近平は、「韜光養晦」という鄧の訓戒を放棄したようだ。彼は、自分の夢は往年の偉大な中国を復活させることにあると宣言した。中国は、強大になった軍事力を背景に、東シナ海の尖閣諸島および南シナ海の南沙、西沙諸島の領有権を脅かし、東アジアの現状に挑戦し始めている。

 安倍政権下の日本に対する中国の非難の中心テーマは、二点である。ひとつは、中国が「日本の軍国主義復活」と評するものである。もうひとつは、安倍首相が「歴史の修正主義」によって第二次大戦の勝利国によって押し付けられた秩序を変更しようとしているとの言いがかりである。

 中国は、中国の大衆を扇動し反日行動に走らせると、自らの独裁政権に対する反発に転ずる可能性のあることを危惧し、今回は第二次世界大戦の同盟諸国に訴える道を選んだ。中国は、安倍政権は第二次世界大戦後のレジームへの挑戦者だと断言することによって、日本に対する国際的な圧力を動員しようとしている。さらに、中国は、日米同盟と日韓関係の間にくさびを打ち込むことを意図している。

 しかし、国際社会においては、中国の反日レトリックが聞き入れられることはないであろう。朴槿恵大統領指導の公然とした反日政権と日本についての否定的な描写で知られている韓国メディアがリードする韓国は例外として、それ以外の世界の国々は、反日キャンペーンに加担することはないであろう。中国の行きすぎた行動は、自国に跳ね返ってくる可能性すらある。中国の国益に対してマイナスに働くだろう。中国の軍事費は過去20年間に大幅に伸長し、この期間、毎年二桁で増加してきた。相変わらずその軍事支出には透明性の欠如が続いている。対照的に、日本の防衛支出は、GDPの1パーセント前後という最小限のものであり、10年間で実質的には6パーセント減少している。中国の軍事支出は、核や攻撃用ミサイルシステムを含む攻撃兵器に集中する傾向がある一方、日本の防衛支出は、日本が自らに課した「専守防衛」政策を反映した防御兵器にのみに向けられている。

 中国共産党政府と強力な軍部は、その言動を通じて、これらの強化された能力を日本や東南アジア諸国などの近隣諸国に対する領土奪取のために使用する意思があることを明らかにしている。

 こうして見ると、2つの国のうちいずれが確立された国際秩序を壊そうとしているか、明らかである。中国による脅威の増加は、すべての国が何十年も受け入れてきた現状を不安定にするおそれがある。中国は、この地域での覇権への衝動に駆られ、米国に対して、世界情勢を米中二国で管理することをめさした「新しいタイプの大国関係」を提唱している。一部の中国の軍事指導者とオピニオン・メーカーは、太平洋を東と西に分割し、前者を米国の支配下に、後者を中国の支配下に置くことすら提唱している。米国がこの餌に食いつくことはないであろう。他方、インドを取り囲むような形で「真珠の首飾り」戦略を推進し、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーのようなインド洋沿岸国で港湾施設を建設することにより拠点を確立しようとしている。

 日中平和友好条約を締結する交渉の過程において、ソ連を警戒した中国政府は日本政府に対し、条約の中に「反覇権条項」を入れることを要請した。日本政府はこの要求にしぶしぶ同意し、「反覇権条項」は、条約の第2条として導入された。第2条は、「両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する」と規定している。

 今日の中国の拡張政策は、まさにこの条約の文言と精神を明確に裏切っている。

 安倍首相は靖国神社を訪問した際、明治維新前後の内戦から第二次世界大戦までに国家のために命をささげた兵士や民間人の鎮魂のために祈ったことを明らかにした。安倍首相は、日本は決して再び戦争をしないと心から誓った。約500万の日本人が毎年靖国神社を参拝するが、彼らは戦犯のために祈る意図はない。彼らはアーリントン墓地を訪問するアメリカ人などと同じ精神と善意を持って靖国神社を参拝するのである。

 中国は、日本の「軍国主義」復活を批判する。しかし、第二次世界大戦後、中国が近隣諸国との武力紛争を起こしてきた一方、日本はあらゆる国家に対していかなる武器も使用しなかった。朝鮮戦争中、中国は人民解放軍を動員して朝鮮半島に送り、韓国軍と国連軍と戦った。1979年には、中国はベトナムを攻撃した。中国の人民解放軍の兵士は、定期的に北東インドのアルナーチャル・プラデーシュ州と北西インドのカシミール地方のインド領域に侵入してきた。中国の公船たる海洋監視船はほとんど毎日のように尖閣諸島の日本の領海および接続水域を侵犯している。彼らはまた、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイに近い南沙および西沙諸島に対する領有権を主張して南シナ海でパトロールしている。中国初の空母である「遼寧」も、いずれは隣国に対して圧力をかけるために使用するようだ。日本を含む近隣諸国は、中国が攻撃する口実を与えないように最大限の自制を行っている。

 中国は、世界史の中でも偉大な国の一つであると、私は思っている。習近平主席は、かつての「中華秩序」の復活という夢を実現させると述べている。しかし、私は、中国の拡張主義とアジア太平洋地域での覇権への衝動はこの夢の役には立たないと固く信じている。事実、これらの行動は、中国の現在と将来の友人を遠ざけ、その反感を買うだろう。中国の反日キャンペーンは、極端に歪めたデマゴジーによって国際社会において日本を孤立させようと意図している。しかし、世界の諸国は、第二次世界大戦以来、民主主義と人権を尊重してきた、遵法精神あふれる日本は、最も平和を愛する国の一つであることを知っている。逆に、中国は、自国の人々の人権すら侵す全体主義レジームである。

 もし中国が真に偉大な国家となりたいのであれば、その指導者たちは、近隣諸国を軍事的に征服することによって最も大きな領土を獲得した清王朝の例に倣うのではなく、文化、科学技術、宗教面での偉大な成果によってシルクロード沿いの諸国と日本を引きつけた、唐王朝の例に従うようアドバイスしたい。

 私の夢は、習近平の夢とは異なる。私は中国が、ソフト・パワーによって尊敬され賞賛される偉大な国家(great nation)になることを見たいと思う。私は、近隣諸国が恐怖で、また国際社会が疑念で接せざるを得ないような、単なる大国(big nation)中国を見たくはない。



本論文は、ハワイにあるシンクタンク「戦略国際問題研究所CSIS」のPacific Forumが世界に発信している意見・提言ネットワークPacNetに投稿した論文を和訳して転載したものです。
CENTER FOR STRATEGIC & INTERNATIONAL STUDIES
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