寄稿・提言

中印対立とインドにおける反中言動の激化

2020年6月28日掲載 NEW!


中印対立とインドにおける反中言動の激化ー日印協会・平林 博理事長の所感

                              2020年6月28日

 最近、インドと中国の関係が急速に悪化し、インド官民の反中言動が激化している。

 直接の契機は、6月15日にインド北西部、カシミール地方のラダック地域においてインド軍と中国軍が激突し、20名にのぼるインド人将兵が死亡した事件である。中印紛争でこれだけの死者が出たのは、実に45年ぶりであった。

 中国側にも死傷者が出たが、中国側は発表していない。インド将兵は、体力・訓練面でもモチベーション面でも決して弱くないからである。両国間には、国境地帯では武器を使用しないとの約束がある由であり、今回も火器は使用されなかったようであるが、インド側の発表では、中国の人民解放軍将兵はこん棒などにくぎを打ち付けた武器(?)も使用した由。

 両国はカシミール地方およびインド北東部のアルナーチャル・プラデシュ州のチベットに接する地域において長年にわたる国境紛争を抱えている。双方は、話し合いを継続してきたが、国境線については妥協はなされない状況が続いてきた。最近でも、衛星写真で見ると、ラダック地方や東北部においては、中国側による道路の整備などのインフラ建設が継続中である由。これに対し、インド側もインフラ整備を強化している。

 ラダックでの事件後、インドのジャイシャンカール外務大臣と中国の王毅外交部長は電話で会談し、事態の収拾を図ったが、当然のことながら見解は対立したままである。


 この事件を機に、インド側においては、モディ首相が中国に対する強い非難と国土を守る覚悟を何回も発し、また、インド各地においては反中デモ、中国製品不買運動が拡大しつつある。両国間の貿易投資関係は圧倒的に中国に有利な状況であり、貿易はインドの大幅な入超、投資面では通信をはじめ各方面で中国企業のインド進出が進んでいる。

 反中デモにおいては、中国の十八番である相手国首脳の写真(今回の場合は習近平国家主席)や中国国旗への冒涜行為が報道されている。中国製のシャオミー製スマホやフアウエー製5G設備がスパイ行為に使われる恐れがあると警戒されていたが、インド人は安いために飛びついてきた。そのインド人の間で、シャオミー製スマホについてボイコットの動きが加速されているようだ。最近、インド首都圏の主要なホテル団体の一つ「デリー・ホテル・アンド・レストラン・アソシエーション」は、中国人の宿泊のボイコットと中国製品の使用禁止を決めたよし。


 他方、頼みとする米国は、トランプ大統領の「米国第一主義」のもとでインドに配慮する気配はほとんどない。むしろ、米国の雇用を守るとの理由で、トランプ大統領は外国人の入国・就労ビザを本年末まで停止する措置を導入した。この結果、特にIT部門において米国で活躍し貢献しているインド人ITエンジニアに供与されているH1Bビザの停止により、インド人関係者は米国への入国ができない状況となった。米国内のマイクロソフトなどのIT企業からも反発の声が出ているが、雇用を守って再選を狙うトランプ大統領にはそのような声は届かない。

 インドでも米国でも新型コロナ問題は深刻の度合いを深めており、経済関係も人的往来も最小限のものとなっている。わが国についても、在米国の事務所や工場などへ転勤する日本人社員たちが持つLビザなどが停止され、大きな問題になっている。


 中国の攻勢は、その経済力と軍事的優位をもって世界各地で展開されている。南シナ海や東シナ海(尖閣周辺)さらには西太平洋でも加速されており、関係国からの警戒や非難を高めている。

 このような状況下で、インドがわが国に期待するところは大きい。インドはわが国とは「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」関係にあり、インド太平洋戦略においても「自由で開かれたインド太平洋ビジョン」のもとで緊密な協力関係にあるが、わが国への期待は特に大きい。

 さらに、従来警戒心をもってあたっていたオーストラリアとの関係についても、インドは関係強化の方向で大きく転換した。オーストラリアも、最近香港問題などで中国と対立し、中国による豪州産農産物・鉱産物の輸入ボイコットなどの対抗措置に悩まされている。

わが国と米国は、インドのみならずオーストラリアをも含めた4カ国協力の推進を企図してきたが、従来、インドは距離を置いてきた。しかし、最近の中国のアグレッシブな攻勢はインドやオーストラリアを4カ国協力の方向に後押しする結果をもたらしている。4カ国海軍による共同訓練も実施されるようになった。


 中国の攻勢は、経済的な苦境や香港問題での守勢を跳ね返すために、対外関係を緊張させる戦術であるとの解釈もあるが、あながち間違ってはいないであろう。中国は、周辺国でも弱いところを突いてくる。中国に一時融和的姿勢を示したフィリピンのドゥテルテ大統領を懐柔する一方で、フィリピン沖の島嶼を占有し、そこを軍事基地化した戦法である。そしていったん築いた拠点は決して譲ることはなく、そこから徐々に影響力を拡大していく。当面はこのような中国の戦略が変わる見込みはなく、米国や欧州はもとより周辺国との緊張関係は継続するであろう。

 インドを見ている我々は、少々視野を拡大し、中国の動向に注目していく必要があると考える。

(了)


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