寄稿・提言

平林理事長のエッセー(2)

2014年12月15日掲載


 11月10日、北京でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議の際、安倍総理と習近平国家主席との首脳会談が行われた。習主席の表情はよそよそしかったが、約3年半ぶりの日中首脳会談は、開催自体が大きい意義を持った。悪化してきた日中対立が転換する契機となったからだ。

 野田佳彦総理による2012年秋の尖閣諸島国有化以来反日キャンペーンを繰り広げ、さらに2013年12月末の安倍総理の靖国参拝に反発した中国が、遂に軟化した。APEC首脳会議のホストたる習近平主席が、隣国でありアジアの大国である日本の総理との会談を拒否することは、各国から批判を受け、大国中国のイメージを損なうことを危惧したのであろう。多数の各国記者たちの目も気になったに違いない。

 中国は、内憂外患である。国内では汚職撲滅、テロの激化、格差の拡大、経済の停滞、外には東シナ海、南シナ海で日本やアセアン諸国と対立し、香港では政情不安に直面している。中国の東シナ海や南シナ海での武力をちらつかせた覇権主義行動は、多くのアジア諸国や欧米から批判された。のみならず、米国、日本、インド、ベトナム、オーストリアなどが連携を強めるようになった。日本を含めた諸国の対中投資へも影響しはじめた。中国の威信や国際的評価は傷つきつつあったのだ。
 習近平政権にとって、APECの成功は外交面ならず内政を固める上で何よりも大事なイベントであり、メンツがかかっていた。そのため会議自体の成功のみならず、中国のイメージ向上に腐心した。PM2.5などが混じった排ガスで黒く覆われた北京の空気の浄化のために、強権を発動して北京内外の100以上の工場を閉鎖し、車はナンバーが奇数偶数によって隔日に走らせる措置を導入した。「北京秋天」は、暫定的だが、実現した。

 首脳会談は、周到な準備なしには不可能であっただろう。7月下旬、習主席は、中国が音頭を取って発足したボアオ・アジア・フォーラム会議の議長である福田康夫元総理と、友好的に会談し、一種のシグナルを日本に送った。8月にミャンマーで、9月に国連総会で、両国外相会談が行われた。10月29日、習主席は福田元総理と再度会談した。あとで判明したことだが、この席には安倍総理の腹心である谷内正太郎国家安全保障局長が同席した。中国側も、党および政府の外交の責任者である楊潔篪(よう けつち)国務委員と王毅外交部長が同席した。外部には伏せられたが、この時点で首脳会談の開催は決まったのであろう。

 安倍総理が、尖閣問題や靖国問題での基本的立場を譲らずに首脳会談にこぎつけたのは、高く評価すべきである。可能にした理由は、次の諸点だ。
 第1は、安倍総理がぶれなかったことだ。信念を持って原理原則を貫くことは、国でも個人でも大事なことだ。中国もそういう人を評価する。
 第2は、安倍政権への国民の支持率が高く、積極的平和主義やアベノミクスは国際的に高く評価されていることだ。中国は、過去において時々の日本政府を批判したが、日本国民を批判したことはない。その日本国民の過半数が支持し続け、他方90%が反中、嫌中になった衝撃は小さくない。
 第3は、首脳会談の枠組みを周到に組み立てたことである。事前に外務省の秋葉国際法局長などを派遣して文言を詰めさせ、合意の見通しが立ったところで、11月7日、谷内正太郎国家安全保障局長を訪中させ、楊潔篪国務委員との間で文書を確定し、下記4点を発表した。
 これは、首脳会談において、どちらかの首脳が「不規則発言」をすることによって会談を台なしにすることがないように「枠」をはめたのである。
1.双方は、日中間の四つの基本文書の諸原則と精神を順守し、日中の戦略的互恵関係を発展させることを確認した。
2.双方は、歴史を直視し未来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致を見た。
3.双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致を見た。
4.双方は、様々な二国間・多国間のチャンネルを活用して、政治・外交・安保対話を徐々に再開し、政治的相互信頼関係の構築に努めることにつき意見の一致を見た。
 対話の障害であった尖閣問題や靖国参拝について、ギリギリの表現で妥協が成立したのである。2.における「若干の認識の一致」、3.における「異なる見解を有していると認識し」のような表現は、双方が原則的立場を維持しながら、自国民に対し説明しやすいように工夫した表現である。同床異夢の要素はあるが、外交交渉では珍しいことではない。

 会談では、安倍総理の日中関係に寄せる積極的な思いを受けて、習主席は、①戦略的互恵関係に従って関係を改善して行きたい、②安倍総理の「中国の平和的発展は好機である」との発言を重視する、日本も歴史を鑑として引き続き平和国家として歩んで欲しい、③今回の会談は第1歩であるが、様々なレベルで改善を進めたい、④海上での危機管理システムは合意ができているので、事務レベルで意思疎通を継続したいと、応じた。歴史問題で日本側を牽制したが、全体としては積極的だ。

 日中首脳会談の実現は、アジア太平洋諸国から欧米諸国まで、安堵と歓迎の気持ちで評価された。ただ、中国側のガードはまだ固い。中国側のプレスは、中国側に好都合な解釈に従った論評を行い、また二人のツーショット写真も、習主席が愛想のない顔をしているところを敢えて報じた。しかし、緊張が緩和したこと、それを日中のトップが内外に明らかにしたことは大きい。特に危機管理メカニズムが具体化されれば、日中武力衝突の可能性は大きく減じ地域の平和に貢献するであろう。

 他方、日韓首脳会談は行われなかった。安倍総理とパククネ大統領は、習主席主催の晩餐会では隣り合わせになり、ある程度の会話を交わした。パククネ大統領は、慰安婦問題などの反日キャンペーンで積極的に共闘してきた習主席が安倍総理との首脳会談に応じたことに、裏切られた感じを持ったに違いない。しかし、中国は自国に有利になると思えば韓国を利用はするが、大事なところでは、韓国の意向を無視ないし軽視することを厭わない。中韓はともに反日的ではあるが、中国はアジアや世界全体を視野に入れた大国であることが、韓国と異なる。わが国としても、韓国に対しては、適切な距離を置きながら是々非々でつきあうべきである。