寄稿・提言

(更新)インド政府、ジャンム・カシミール州の地位を変更→情勢が緊張を増すか

2019年8月6日掲載 2019年8月7日更新 UPDATE!


(要旨)
 8月5日、インド人民党(BJP)連立政府(国民民主連合、NDA)は、憲法(第370条)が独立以来認めてきたジャンム・カシミール州(以下J&K州)の特別の地位(例えば独自の憲法を持つ、関連の法案は同州議会の承認が必要など)を剥奪して、J&K連邦直轄地とラダック連邦直轄地の二つに分割することを提案し、関連法案が上程され上院で可決されました。下院では、NDAは圧倒的多数を背景に、翌6日に可決させ、二分割が確定した。
この措置は、J&K州でのテロなど情勢の不安定化を抑える狙いがあるようですが、特別の地位をはく奪される同州民の反対は激化する可能性もあります。

(本文)
 連邦直轄地はこれまでデリーやポンディチェリーなど7つありました。連邦直轄地になると、インド国憲法に従い、その法律がそのまま適用されます。通常の州よりも中央政府のコントロールが強くなります。今回の変更は、J&K州がテロなどで不安定なことを理由の一つとしているようで、内務大臣は情勢が正常化すれば元に戻すと説明したようです。

 第2次モディ内閣でBJPの実力者であるアミット・シャー内務大臣が誕生した際に、ヒンズー強硬派として何かやるのではないかとの憶測がありました。先の下院総選挙での圧倒的勝利を収めたモディ首相とアミット・シャー内務大臣が思い切った措置に出たものと解されています。

 同州は、インドの28州のうち唯一イスラム教徒が多数を占め、独立以来、同州はパキスタン領だと主張するパキスタンとの衝突が絶えないところです。過去3回の印パ戦争があり、現在カシミール地方は、インドが実行支配するJ&K州(南の部分)、パキスタンが実行支配するアザド・パキスタン、中国が実行支配するアクサイチン地方(パキスタンが割譲した東北部の山岳氷河地帯)に分かれています。
筆者が駐インド大使として在勤中も、二度にわたり同州をめぐって印パ間の軍事的緊張や衝突がありました。(詳細は、拙書「超大国インド」(日経BP出版)参照乞う)

 今回の決定は、J&K州から東の部分(ラダック地方、チベット仏教が主流)を分離して州議会のない連邦直轄地、J&K本体を州議会のある連邦直轄地とすることが主な変更ですが、具体的な内容はこれからです。

 これまで、ほかの州に比べかなりの自治権を享受してきたカシミール人はこれに強く反発しているほか、国民会議派などの野党も強く非難しています。このような反発を見越したのでしょう、政府は州内に軍を増強派遣し、原則的な集会禁止令を出し、二人の州首相経験を軟禁し、州内の電話・通信を制限し、外国人の来訪を禁止する措置をとりました。

 ジャンム・カシミール州は、州民の中央政府への伝統的な反発傾向の他、パキスタンからの越境テロに悩まされてきましたが、これからはカシミール人の中央政府への反発が強まり、新たな二つの連邦直轄地の情勢がより不安定化する可能性が強くなったと思われます。
また、カシミールの全地域を自国領と主張するパキスタンは、国連に訴えるなど攻勢をかけるようです。

 (☝カシミールの図: 赤枠内は旧ジャンムー・カシミール藩王国の支配地。オレンジはインド支配、緑はパキスタン支配、縞模様は中国支配。-ウィキペディアより引用)


 この問題は、地理的にはインドでも局地的な問題ですが、インドにとっては政治安全上重大な問題であり、パキスタンとの緊張もありますので、ご報告しておきたいと思います。
今後、J&K地方の情勢が不安定になるとともに、その余波がインドの内政に影響し、さらにはパキスタンとの関係がより悪化することが予想されます。
在留邦人や旅行者は同州への旅行については極めて慎重に対応すべきであり、わが外務省の海外渡航情報をよく見ておく必要があるでしょう。

(注)
外務省のジャンム・カシミール州の渡航情報は以下の通りとなっております。

・管理ライン(LoC)付近:レベル4(待避してください。渡航はやめてください)(待避勧告)
・スリナガルと近郊及びラダック地域を除く地域:レベル3(渡航はやめてください。)(渡航中止勧告)
・スリナガルとその近郊:レベル2(不要不急の渡航はやめてください)(不要不急の渡航中止)
・ラダック地域:レベル1(十分注意してください)